アイヌ犬(イメージ01)
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ゴン太物語
著者:千賀 孝
提 供
潟Zンガコンサルタント
株式会社 センガコンサルタント

 1)ゴン太が来た

ゴン太は生後一か月余りで我が家にやってきた。
体重は3
kg程度で体長は30pほどであった。
口から鼻にかけては真っ黒で体毛は茶色であった。
耳はピンと立っているものの尻尾は小さくて細いものがちょこんとお尻にのっかている。
ひいき目で見るわけではないが、日本の犬は特に可愛く思うのは犬馬鹿のせいかも知れぬ。

既に、家の中を走り、あまり物おじはしない。
しかし、夜になると母犬や兄弟が恋しいのか「クーン、クーン」と鳴き声を出す。
これを我慢させる必要があるとは、分かっているもののついついかわいそうになる。
そこで、一計を案じ、小学生の二男の寝床に入れてやった。
すると、極めておとなしく朝まで寝る。
朝になると、二男が「あれ、ゴン太がいるよ」と驚きと喜びが混じった声を上げる。

私は子供が乳の匂いをさせているその匂いが好きだ。
二男はその時小学校の
6年生であったが、まだその匂いをもっていた。
おそらくゴン太もその匂いに安心したのだろうと思う。
それから二男とゴン太は兄弟となったのである。

ゴン太は家の中を自由に走り回るようになってくるが、面白いことに気がついた。
走るスピードに制動がきかないのである。
要するに、勢いよく走るのだが、止まることができず転んでしまうのである。
向こうへ行っては転び、こっちへ来ては転ぶ、見る方にとってはまことにかわいいしぐさである。
ところが、ゴン太は転んでたちあっがて「ワン」と一声上げるようになった。
なにか止まれずに転んだのではないぞといわんばかりの振る舞いにみえる。
そういえば、ゴン太はアイヌ犬であった。
かつて、アイヌの人達が熊狩りに連れていった犬なのであり、ゴン太もその
DNAを引いているのだと誇らしげに「ワン」と言っているようにみえる。
栴檀は双葉にして芳しというが、ゴン太もそのつもりなのうだろうと頼もしく思えたものである。

ゴン太は正統なアイヌ犬である。
列記とした血統書があり、血統書上の名前は力秀という。
まさに力強い名前であり、私はもともとオス犬を飼うつもりであって、名前も強いという意味のゴン太にすることに決めていたのでわが意を得たりと思っていた。
しかし、周りからは若干の異論があったが、古来よりゴン太とは強いを意味すると説き伏せた。
決して我儘もののきかん坊主という意味ではない。
長ずるに従ってゴン太は本当の意味の強さをもつ犬となっていくのである。

従って、いつの間にかゴン太は一人で寝るようになった。
十分な毛皮は布団を必要としないのであろう。
また、一人で生きていくことは誰に教えられることもなく自らが会得していく自然の摂理のように思える。
人ごみの中でも、無駄に吠えるわけではないが時として自らの存在を知らしめるがごとく「ワン」と吠えることがある。
これがゴン太にとってアイヌ犬としての自信のように感ぜられた。

2)ゴン太は雪が好きだ  アイヌ犬(イメージ02)

犬の年齢は人の7〜8倍というが本当にそうだ。
さびしくて泣いていたのが、一人で寝るようになったと思ったら雪が舞うころになると、家の中より外を好むようになる。
体はどんどん大きくなり、隣の犬とそう変りなくなってきた。
また、雪を好むのも犬の習性以上に北海道に住んでいるからだろう。
雪を見て以降、家の中にはほとんど入ろうとしなくなった。
雪にまみれ、雪の中に寝ることに楽しさ、喜びを感じているようである。
風が雪を伴って吹き付けてくると、目を細め雪にむかって何かの気配を窺っているようにじっとしている。
それこそ、熊の気配でも探っているかのようなそぶりである。
やはり、野生というか本性というかはわからないがそういうものが働いているのだろう。
特に、アイヌ犬にはそのような性質がつよいのであろう。

しかし、やはり、まだ子犬の域を出ていないからひたすら雪と戯れることの方が多いのは当然であろう。
特に新雪を好むようである。散歩に連れて行っても新雪や深雪のところに行こうとする。
雪の中に放してやると喜んで雪の中に入り込みどこへ行っているのかわからなくなることがよくある。
しかし、ある一定の範囲の中で遊んでいるようで、近くに顔をだし、家族のいることを確かめながらあちこちと飛んで回っているようだ。
体中雪をいっぱいつけ口を大きくあけ長い舌を出し「はあ、はあ」と息をしながら、生き生きとした目をして雪にもぐり、また顔を出すさまは本当に可愛いものである。

もともと、妻は猫派であったがこのような犬の動きは猫にはないものでありいつの間にか犬派に寝返ってしまっている。
犬には猫にはない散歩が必要なわけであるが犬の散歩に対する喜びようはどの犬でも同じと思うがとてつもないよろこびであり、飼い主との心のつなぎを太くする。引き綱を見た瞬間、ゴン太はとてつもなくよろこび飛んで跳ね、はやくいこうと急き立てる。
あるいは、前足で雪をかき喜びを顔だけでなく、体中であらわす。
このようなさまは散歩に連れて行く労力にあまりある。
もっとも、凍った道では犬の引っ張る力でひっくり返ることがあり、注意する必要があるにしても、散歩から帰った時のゴン太と共に何かを成し遂げたような充実感やゴン太との一体感の心地よさは犬ならではのことであろう。

真っ白になって雪から出てきたゴン太は「ぶる、ぶる」と身震いをすると体についた雪はさっと落ちてしまい、別に濡れてはいない。
細かな、柔らかい毛がゴン太を覆っていることで、雪による寒さや湿気による体温の低下をふせいでいるのだろう。
毛が春と秋に生え換わるとはよくしたものである。
この柔らかな毛が極寒の地での生命の維持をするのである。
従って、よほどの吹雪でもない限りゴン太は家の中では寝ることはなくなった。
そこで、まだ犬小屋がないことにやっと気が付き作ることにした。
これには、長男が思わぬ力を発揮することとなった。
なにしろ、板と言えばりんご箱であり、それを解体し犬用の箱につくりかえる。
そして、一応、色を塗ってやり名前まで書いてやったのである。
日頃のゴン太へのお返しの意味もあったのだろう。
以後ゴン太はその小屋たいそう気に入ったようであった。

ゴン太小屋たいそう簡便につくられたものである。
ばらしたリンゴ箱の板をほぼ立方体に組み替え出入り口をつけただけであり、本当のことを言えば、隙間の多い小屋である。
しかし、この小屋は、一般にある三角屋根がないことが、後々有効になる。要するに、この屋根にゴン太が乗れることはゴン太にとって、生活を豊かにするようになる。
物置小屋の横にゴン太小屋を置いたわけであるが、そこは日当たりがよく屋根はゴン太の昼寝の場所となる。
雪の降った朝などは早くから屋根の上で日向ぼっこをしている。いくら、アイヌ犬といえども終始雪の中に閉じこもっている訳ではなく、太陽の恵みは必要で、大切なものなのだ。
本当に、気持ち良さそうに寝入っている。
そのようなときは、まったく安心しているのだろう。
ゴン太と呼びかけても、何か用かと薄目をあけて、一応の挨拶をするようなしぐさの後はまた眠りにおちいるようである。

また、その小屋の上は物見にもつかえる。
遠くからの音に機敏に反応し、小屋の上から塀の外を窺う。
家族が帰ってくるのであれば、喜びを、あらわし、小屋の上で跳ねまわる。
一方、怪しげなものに対しては警戒をする。
大したものではないと、思ったものには「ワンワン」と吠えることで追い返すなり家人に知らせることにしているようだ。
また、もっと危険なり怪しさの度合いのおおきいと思えるものには、低く唸ると共になんらかの警戒態勢をとる。このような行動は何も雪とは関係はないが、たまたま、雪の真っただ中にできた犬小屋の新しいが利用法が雪の日の暖の取り方から始まったのであり、その延長線上で雪の日のものみも始まった。
もちろん、犬のことであるから小屋がいつできたとしても同じような行動をとることにはなっただろう。

 また、小屋の上から塀越えに頭を出したり、塀の隙間から鼻の頭を出してクンクンという鳴き声はお帰りなさいと言っているように聞こえるのもまた楽しいものである。

 しかし、ゴン太の上の松につもった雪が、突然どさっとゴン太に落ちてくることには、さすがのアイヌ犬でも気がつかない。
ただ、そのあとの動作はさすがアイヌ犬である。直ちに、飛びのき何事かあらんと上の方に注意をむけ、その姿勢も当然のごとく戦いの形をしているが直ちに何事もなかったごとく、体をブルブルと震わせ体についた雪を払っておわる。
これは、おそらく雪の匂いしかしないことを理解し自分に脅威となるものではないと判断する力があるのであろう。
雪が落ちる前に何か異常な臭いを感じたならば当然のごとく、その警戒に当たるわけだから、危険を感じないために、雪まみれとなってしまうのだろう。
昔の忍者は自らの気を消して相手と戦うというような話をマンガや戦国物語なんかで読んだことがあるが、気を消すなんていうことができるようになれば、今日でも相当の超能力ともてはやされることはまちがいない。
何気なくやったことが、効果をあげるなんていうことが時折起るが、意図したわけではないため、そのようなことは、単なる偶然にすぎない。

 したがって、わがゴン太も特に訓練された特別の犬ではなく、普通のアイヌ犬なのである。
以来、我が家ではゴン太のことをコモンドッグとよぶようになった。

 

3)ゴン太と豚の骨

ゴン太は日に日大きくなっていく。
犬の年齢は人間の7−8倍ということらしいが、本当にそうである。
しかし、後にわかったことであるが、幼児からの成長期と老衰時期における人間との差はもっと大きいように思える。
幼児期は可愛さが増すばかりでかわいい、かわいいで見過ごしているが、老衰時には1日、1日が大きく変わっていくのが明らかにわかる。

さてゴン太であるが、わが家に来て半年にもなってくると露地での生活にもすっかり慣れ、体も大きくなってくる。
人間でいえば4歳程度といえるようだが実際はもう少し大きく思える。
吠え方も一人前にしっかりと「ワン、ワン」と吠える。その声が無視されるとさらに威嚇的な様子さえみせることがある。
また、歯の成長にあわせ、いろいろな物を噛みだす。棒きれどころか木の壁や小屋の柱にもかみつくようになる。

ある日、ゴン太を連れて近くのスーパーに家内が買い物にでかけた。
まだ成犬ではないものの抱きかかえて買い物をするには大きすぎ、店の中まで入れることができず、店の外の柵に引き綱をくくりつけっておいたのである。
買い物を済ませ出てきた妻は外が何か騒がしいのになんとなく不安をかんじたという。
はたして、出てみるとなんとゴン太が自由にあちこち走り、いろんな人と交流をしていたのである。
引き綱は一応革ででき、しっかりしたものであったが、なんとゴン太がその綱を噛み切っていたのである。
犬は他にもいたのであるが、どの犬もおとなしく革ひもを食いちぎるようなことはしない。
驚いた妻は、人に怪我をさせるようなことがあってはならないと、それこそ、慌ててゴン太を捕まえようとしたが、一旦自由を得たゴン太はそうは簡単につかまえられるものではない。
俊敏さにおいてははるかにゴン太の方がまさっているわけであるから、あちこちと走り回り、なかなか捕まえられなかったという。
凶暴な犬ではなく、まだ子供の犬であることからみんなの協力をえて、やっとの思いで捕まえたらしい。

この事件は、わが家で大きな出来事として捉えられ今後のゴン太の成長に伴いどのような犬になっていくかを議論した。
もともと、猟犬であることから闘争心は本能的に強いものであるから、なにかの拍子に人に噛みつくことがないように育てることと十分な注意を払うことが必要だが、一方、本来持つ気質もたんに閉じ込めてしまうようでは、折角の名犬を駄犬にしてしまうことになり、ゴン太に対してもうしわけない。
とはいえ名案がそうそう簡単にでるものではなく、ゴン太の扱いについてはまず、十分注意を払い革ひもで散歩に出るときは片時も、ゴン太から目を離さないようにすることとし、特に一度覚えたことは次からも繰り返す可能性があるため引き綱に噛みつくような行いには散歩に連れていくものがよく注意をすることにした。
もちろん、庭につないである鎖にも十分な注意を払ったことは当然である。

さらに、妻が考えたことは、犬も情緒を安定させておけば万一離れたとしても他の人に危害を加える可能性が少なくなるのではないかということだ。
これは、われわれ周りの男どもの日頃の状況を見てこのように考えついたのであろう。

物の本によると、生き物の成長には心の安定と十分な愛情が必要でありそれは植物にも言えることだという。
そこで、情緒を安定させるにはどうすればいいかということを調べた結果、カルシウムが不足すると情緒の安定が欠けるため、カルシウムをかかさないことだという結論に達した。
以来、ゴン太は毎日骨をかじることとなった。もちろん、鶏の骨はささくれだって喉や内臓に突き刺さることがあるらしく、危険である。
また、牛は大きすぎることもありそうそうは手に入らない。
従って、ゴン太には豚の骨が与えられることとなったしだいである。

ゴン太は毎日、暇があれば豚の骨と格闘している。
腿の骨か何かは知らぬが、太い骨を、前足でしっかり押さえ、その骨にかぶりついている。
丁度、歯の成長期でもあり、ゴン太は歯のために齧っていたのか、うまいと思っていたのかは、定かではない。

しかし、いくらゴン太といえどもバリバリと骨を噛み下すことはできるものではなく、骨に歯をあてるものの、結構舐めていることも多い。
やはり、骨と相談しながら格闘をしていたのであろう。
骨をかみ砕いてバリバリと食べるようになるには少し時間がかかる。

ところが、ゴン太が骨と格闘をするようになって、情緒の安定さの確認の前に物理的な変化が表れた。
なんと、ゴン太の犬歯いわゆる牙がますます立派に成長してきたのである。
こうなってくるとゴン太は骨をもバリバリと噛み砕くようになる。
情緒安定を求めて始めたことが、その確認ができる前に闘争心の象徴である牙がますます立派になっていくことは、これまた大きな不安材料となった。
この牙で噛みついたならば相当なダメージをあいてに与えることは必至であり、噛みつかないようにと思ってしたことが、逆に相手に与えるダメージをも大きくするという結果をもたらすことにもなったのである。
ゴン太と骨を結合することで情緒の安定が導き出せると思ったのが、脅威が明確になってしまったという当時はやった言葉でいえば合成の誤謬がごとき、現象が出てきてしまったのである。
これには妻も驚きますますゴン太に愛情を注ぎ乱暴な犬にならないようにひたすらおいのりすることとなった。

牙が丈夫になったゴン太はその牙の強さに磨きをかけるように、次々にいろんな試みをやる。
例えば鎖を噛み切ろうと試みる。
しかし、その噛み方は極めて用心深い。
まず鎖をくわえて自分の歯に合う位置に鎖をセットし、そこからおもむろにかみだすのである。
決していきなりガブリと噛みつくようなことはしない。
しかもソフトに噛みだし当然固いものだから歯がはねかえされると、次の場所を探しまたはねかえされると次に移るという作業を続けるのである。
これは骨でも経験したように、始はだめでもそのうちやわらかくなるとでも思っているのかもしれない。

これが家の柱になるとまた別である。
家といっても相当老朽化しており、現代的な建物ではなく昔の単なる木造であることを想像していただきたい。
この柱によく噛みつくのである。
もちろん、壁に打ち付けた板などはベリベリとはがし、柱を端の方から細かく噛んでいく。
鉄ではなく木であるから歯に当たる感触はソフトなだけにあまり用心をするひつようもないのであろう。
ほっておけば家そのものに影響が出るように思えるが、そこまでは噛み切れない。

とゴン太も牙は着々と立派になっていったのである。

 アイヌ犬(イメージ03)

しかしながら、結果として、見れば、骨の効果はあったといえるとおもう。
18年のゴン太の生涯で人間に噛みついたのは2回だったと思う。
1回はゴルフバッグを届けてもらったときである。
犬がいるから、門をはいったところでいいよとお願いしていたが、親切な人で少しでもなかへ入れておいてやろうという気持ちで踏み込んだところに噛みつかれたという。
その時、ゴン太は伏せたままの姿勢でワンとも何も言わず静かにしていたらしい。
従って、その人は、案外おとなしい犬ではないかと思って、これなら大丈夫だろうと門の中まで入ったところ、急に飛びついてきた。とっさのことであるが思わず、身を引いたが、腹の所に噛みつかれたのである。
ところが、幸いにしてシャツをまさに円く口型に噛み切っただけで、人体には影響がなかった。
これは偶然なのか噛みつく気がなく単なるおどしとして、飛びついた結果なのか判然としないが、私は多分ゴン太は噛みつく気はなかったのではないかといまでも思っている。

今一件、噛みついたことがあるが、その時もジーンズの裾の方を噛み破っただけで、人体には影響がなかった。
それは、郵便配達のアルバイトをしていた学生さんに飛びついたのであるが、幸いにしてジーンズの裾に噛みつきズボンを破った。
当然、そのズボンは弁償すべきものでありその旨を申し出ていたのである。
ところが、驚いたことに、夜その親御さんから電話をいただき、もともと破れているズボンであり、弁償なんぞはとんでもない話でかえって迷惑をかけたと被害を受けた方からごあいさつをいただき誠に恐縮した。
これはゴン太の犬格のなせる業かと驚き入ったものである。

もちろん、家族に噛みつくことは絶対なく、餌を食べているときに餌を取り換えたりしても、素直に従っている。
また、変なものを口に入れた場合などは口の中に手を突っ込んで取り出してやるが、嫌な素振りはするものの、結局は素直に従っていた。

このような犬は情緒が安定していたかどうかは判然としないが人間と犬との間にある種の信頼関係ができていたのではないかとおもう。

なお、骨をゴン太がバリバリと食べだすと、どうも腹具合が悪くなるので食べさせることは止めにしたようである。


4)ゴン太は散歩が大好きだ(散歩その1)

犬には必ず散歩が必要であるとものの本には書いてある。
犬の習性や人間とのかかわりから犬には散歩させることが大切なようである。
どこの犬を見ても散歩中の犬は喜んで散歩している。

もちろん、ゴン太も散歩は大好きで、引き綱を見れば飛び上がって体いっぱいその喜こびをあらわす。
まず、上下にとび跳ね散歩に行くことの喜びをあらわす。
誰かに、自分はこれから散歩に行くんだぞ、どうだ羨ましいだろうと見せつけているようだ。
また、両足をうんと前に出し思いっきり伸びをするような姿勢からワンワンと吠えて早く行こうと催促するのである。
とにかく、散歩に行くことは食事よりもうれしいようである。
従って、引き綱をゴン太の首輪にかけるのに一苦労する。
ゴン太自身の思いは引き綱がきちんと懸ろうが懸るまいが関係なく既に外に出ているのであるから、連れていく方にとってはそのギャップを力ずくで抑えるしかしようがない。
ようするに、ゴン太には人のいうこと聞き分けるような訓練をほどこしていないのであるから、ゴン太を単純に責めるわけにもいかない。
従って、この格闘はゴン太の散歩には出かける前の儀式のようになってしまった。
また、散歩に出かけた場合も、主人より前に出ないといった訓練もなされていないから、自分の思うまま進もうと、どんどん引き綱を引っ張って前へ前へと進む。
幼いころはゴン太の力も十分コントロールの範囲にあるが成犬になれば力も強くなり相当の力を持って対抗しなければならない。
ともすれば、妻はひっくり返ることもあった。
手をすりむいて帰ってくることもよくあるが、犬にしてみれば何をしたかが分からないものだから、引っ張ることを止めようとはしない。
特に、日本犬の場合はあまり訓練を受けていないケースが多いからか他の犬の場合も同じようなことが起こっている。

また、逆に何かの臭いをかぎつけた場合なんかの時は動こうとはしなくなる。
それこそ前足を踏ん張ってちょっとやそっとでは動かないぞと強い意志をあらわす。
さらに散歩の順路もこちらもかえるが犬のほうも変えようとする。
これは犬もマーキングでの自分のテリトリーの確保に関係する事なんだろうが、こちらにはあまり関係がないから、強引にひっぱることになる。

このような引っ張り合いも犬とのコミュニケーションの一つではあると思える。

北海道に住んでいるときは散歩に行く場所に全く困らない。
山あり谷あり海まであったから、その日の気分でどのようなところへも簡単に行ける。
しかし、ゴン太はやはりアイヌ犬だけに山が気に入っていたようである。
太い前足で力強く登っていくさまはまさに熊狩りに出かけるといったものである。
ほんとうの熊に出会ったことがないから想像にすぎないが飼い主としてはわが犬かわいいで、おそらく敢然と立ち向かっていくと信じて疑わないのである。

そういえば、アイヌ犬のコンテストがありその様子を見に行ったが、熊を中心におき、周りを円形に犬が囲み熊に向かって吠える等の闘志を表す犬が優秀だとされていたように思う。
しかし、意外と尾っぽを巻いて飼い主にすりよる犬の方が闘志を表す犬よりはるかにおおかった。
わがゴン太は残念ながら参加しなかったのでどちらか分からぬまま強いと信じている。

一方、ゴン太は花も好きだ。
特に片栗の花を見つけるのに才たけていた。
片栗の花はなかなか見つけにくいものであるが、見つかると群生している場合が多い。
食べると腹を壊すことがゴン太は分かっているせいか決して食べないが、花の中を走りまわり、花と戯れているようにも見え激しい気性だけでなくやさしい面も、持っていることを感じさせてくれた。
余談であるが片栗の花のおしたしを作るには相当たくさんの花を摘む必要がある。

散歩の途中でゴン太の綱を離して自由にしてやることが多かったが、ゴン太にとってこれほど楽しいことはなかったのであろう。
思うところを自由に走り回れることほど犬にとって楽しいことはない。
日頃、鎖に繋がれているからそこからの解放はこのうえない喜びだとは容易に想像がつく。
しかし、帰る段になるということを聞いてすぐに引き綱をつながせることもあるが、時として帰ることを拒み逃げ回ることもある。
しかし、どこか遠くへ行ってしまうのではなく、飼い主のそばを離れることなく、またつかませないという、まるで鬼ごっこをしているようなのである。
そのような場合、妻がうずくまって頭を伏せていると必ずゴン太は妻の傍に寄ってきて、それこそどうかしたのかと心配するように寄ってくる。
その時に、ゴン太をつかまえる。これは、いつでも、どこでも必ずやる行為で、他の者には見せない行為である。
これは、妻とゴン太が深い信頼関係で繋がれているのか、ゴン太が妻を保護しようとしているのかどちらかはわからぬ。
これも、ゴン太の優しい一面であることには違いない。

北海道では散歩の途中で犬を放すことが多いが都会ではない広々としたところが多く人に迷惑をかけるようなことがないためで、決して人の多く集まるところでは離すようなことはしていないことを断わっておく。

また、海辺に連れていくと、始は、波にすこしひるむような感じであるが、すぐになれ波と戯れるようになる。
しかし、海の中まで泳いではいかない。
波打ち際で、小さな波と遊んでいる。
もちろん、岩場のところなんかには連れていくことはなく砂浜で、かけっこをすることが主である。
砂浜も乾いた砂より少し湿った砂の方が走りやすいのかして、波打ち際で走り回ることが多い。

散歩も終わりになると、家の前に小川が流れておりその中に入って水を飲み、体の熱をひやすことをやる。
夏場は必ずこの小川に体を冷やし満足がいくと、ひとりでに上がってくる。もちろん、冬場にも入ることはあるがほとんどの場合は、雪と戯れており、よく雪を食っているから冷たすぎる川の中にははいらない。
しかし、犬は、散歩から帰るとハッハッと舌を出して体温の調節をやっている。
極めて満足げに自分の小屋のあたりで一休みするのである。
散歩の満足感にまさにひたっている。


5)気のいいゴン太

もともと、犬は飼い主に対して気分を悪くしているということはあまりない。
むやみにたたかれるとか、餌を途中で取り上げられるとか故意に気分を害するような行為がない限り、従順である。

とくに、ゴン太はほとんど機嫌が悪いということはない。
いつも、飼い主には尾っぽを振って喜んでくっついてくる。
春先など日向で気持ちよく寝ているときに、起こされても機嫌を悪くすることはない。そのかわり、少々儀式がある。それはまず相手を認識して、おもむろに起き上がるのだが、そこから、両足を思いっきり前へ伸ばしこれ以上伸びないというくらいの大きな伸びをする。
前足の爪の先まで伸ばしきるので、なんとなく無防備なさまに見えるのであるが、それが返って気持のよい伸びと思える。
われわれが手足を思いっきり伸ばすことと同じなのであろう。
この伸びをしばらく気のすむまでやって、それから尾っぽを振りながら近づいてくる。
この儀式は見ていても気持ちのいい物でゆっくりと伸びをさせることにしていた。
そのあと散歩でも行こうとするならば、まさに狂喜乱舞ということになる。

また、ゴン太は食べ物には殆ど好き嫌いがなくなんでも食べるのであるが、面白いことには餌を取り換えたり、場所を移動させることになんら文句をつけないことである。
だいたい、餌をやる場所は決まっているが、なにかの都合で食べているときに場所を移動させようと餌の入れ物を突然持ち上げて少し離れた方へ持っていこうとすると、どうしたのかなという目で見上げるが、そのまま静かに新しい場所にくっついてきて自分の食事を再開するのである。
犬は餌を食っている最中は飼い主でさえ注意しなければかみついたりするもので、餌をやる場合にはよく気をつけなければならないと、本なんかに書いてある。
そういえば昔子供のころに飼っていた犬は餌を食っている傍に近づいただけでも、ウーと警戒の唸り声をあげていたことをおもいだした。
餌をとられまいとする防御の気持ちが強いのであろう。
その点まことにゴン太の場合は、餌に対して淡々としていたのである。

また、思わずゴン太の足やしっぽを踏んだ時も、ワンとかキャンとか驚きの声をあげるが、決してかみついたりはしない。
おそらく、痛みより驚きの方が大きいのであろう。
さもなければ襲撃されたと思って飛びかかってくるに違いない。そして、ごめんごめんと誤って、いたそうなところをさすってやると、ペロペロと舐め返してくる。
本当にいつも気のいいゴン太なのである。

夜遅く、帰ってきても足音で感知するのか匂いで感知するのか分からないが、いつもお帰りなさいといった表情でしっぽをフリフリ出迎えてくれる。
一度だけ寝ぼけて出てこないことがあったが、その時に叱ったのが効いたのか以後出てこないということはなかった。
逆に、頭をなでてやらないとウォォと言って催促するようになった。
従って、こちらもゴン太に応える義務が生じたわけである。
夜分にそんなに大きな声ではないが、ご近所に迷惑をかけてはいけないので、こちらの返事も早くすることとなり双方の夜中の儀礼となる。
しかし、そのあとこちらが家の中に入ってしまうと、サッサと自分の小屋に入ってしまうので、迷惑ながらもおつきあいをしていてくれたのかもしれない。

このように、ゴン太は家族に対して自分自らの気分のよさとは関係なくいつも気分のいい状態でいた。


6) ゴン太の体毛

動物一般にその体の毛は夏型と冬型に分かれる。
それぞれの季節にあった毛の状態になり、体温の調節をしているわけである。
ただ、住んでいる地域によって毛のありようが、かなり変わることになる。
ゴン太の毛も当然のことながら夏冬と2つに分かれるが、この変化が大きくあらわれる。
それは、夏から冬への変化ではなく冬から夏への変化に特によくあらわれる。
これは恐らく雪が大きく影響していることなのだろう。
つまり、雪と気温の低さに対応した体毛の性である。
冬には表毛はやや硬い張毛であるが下毛は柔らかな綿毛がびっしりと体を覆い、雪や寒さに対応するようになっている。
ゆきのなかでも平気いられることや吹雪のん下でも眠ることができるのはこの綿毛のお陰なのである。
また、恐らく水分をはじくことは表毛と綿毛のバランスで決まっているのかもしれない。
表毛で一次的な対応をして、さらに下毛の綿毛が二次対応をするようになっているのであろう。
そうして体温を維持する装置となっているに違いない。

だから、冬から夏に向かう時にはこの綿毛が抜けることになる。
しかも、毛の本数にすればとてつもない量となる。
一度ブラシをかけたぐらいでは勿論とれるようなものではなく、気温の変化にも合わせて抜けていくのであろうから数カ月に及ぶのである。
そして、いよいよすっかり抜け変わる時期になると、それこそ掴んだだけの毛がごっそりと抜けてしまうのだ。
従って、体の表面はまだら模様になってどこにでも細くやわらかな毛がどこにでもとびまわる。
春の抜け毛の季節にはとにかくこまめにブラッシングしなければまだら模様の犬と自分の家だけでなくご近所にも迷惑をかけるほど毛が飛び散ることとなる。
北海道で飼っているときはまだしも東京などで飼うときはたいそう苦労する。
家の庭でブラシをかけるにしても、近くの公園でするにしても毛の飛び散る迷惑は避けられず、どこか遠くの河川敷へでも行ってブラッシングすることにしなければならない。
しかし、このブラッシングをゴン太なんとも言えない気持ちの良い顔をするのである。
この顔が見られるからこそ、あれこれ苦労してもブラッシングしてやることとなる。
背中の方よりも腹のほうを喜ぶのも腹側にこの綿毛が密集しているからなのであろう。
これは春に向っての一大行事であった。

これが、夏から冬に向かっては夏毛に綿毛が生えてくることになるわけだから、基本的には殆ど世話をする必要はない。
放っておいても知らぬ間に冬への対応が進んでいく。
自然の営みはうまくできているものだ。
恐らく綿毛も放っておけば肥料にでもなっているのかもしれない。
苦楽はあざなえる縄のごとしか。

また、ゴン太自身も当然のことながら、自分の毛ずくろいをする。
後ろ脚であちこちを掻くようなしぐさをし、また寝転がりせなかのあたりをこすってみたりする。
またこれは毛が生え換わるときだけではないが、体中をよくなめていることがある。
これがいわゆる毛づくろいかもしれないがその様なときには胃のなかに、毛が入ってしまうにようだ。
従って犬はよくイネ科の食物を食べるが、それは胃の中の毛をイネ科の植物と一緒にだしてしまうらしい。
よく草を食べる犬だなと思い野菜をもっとやるべきではないかと、家人に言っていたが大違いであったことがあとでわかった次第である。
これも、自然の営みの中のひとつであろう。

とまあ、ゴン太の毛も1年の中ではおおきな出来事となっていた。

7)ゴン太の不思議 その1

ゴン太にはいろいろ面白いところがあるが、よくいう吠え犬は噛まないというがゴン太はよく吠えるし、またじっと様子を見ていることもよくある。
いずれの場合もゴン太はかまなかったことはじじつである。
ただ、よく分からないのがどのような場合は吠えないでどのような場合は吠えるのかがよくわからない。

しいて、推測するならば、家の中に人がいるときはよく吠えるが、いない時には吠えないのかもしれない。
これはいろんな見方があるが家の中にいる人間に人が来たよと知らせているともかんがえられるし、また自分はよく働いているんだよとデモンストレーションをしているようにも見える。
とくに、客の家の中への出入りにはことのほかよく吠えるのはどういうわけか分からない。
客を知らせたならあとは放っておけばいいものをよけいに吠えだすのはどういうわけがわからない。
このようなことはどうもおいらは働いているぞと言っているように見えるのだ。
これは私のちょっとした斜め見なのかもしれないが。

その代り、家に人がいないときはあまり吠えている様子はない。
したがって、そのような場面に出会っている人はよくお宅の犬はおとなしい犬ですねと褒めて頂くがどのように返事をしていいのかよく迷う。
ただ、かわいい女の子にはまず吠えない。

近所の姉妹には、いつも尾を振り大喜びである。
下の方から二人で歌を歌いながらわがやの方に来るが遠くからその気配を感ずると、飛び上がって喜んでいる。
またその歌が面白いのだ。
当時、タンスにゴンなんてコマーシャルソングがはやっていた時であったが、その子たちはそれをもじってゴン太の歌にしていたのである。
”ゴーン、ゴン、ゴン、ゴン。
タンスにゴン、家にゴン。
“と二人で歌ってくるのがわれわれが見ていてもかわいい。
おまけに幼稚園児であるから余計に可愛いものである。
おそらく、ゴン太もその可愛さがよくわかっていたのだろう。
ただ、ゴン太は嬉しい時は相手構わず飛びついて喜びを表すから、幼子には怪我させかねないので、子供達には決して犬の傍まではちかずかないように注意をしていたので無事ではあったがゴン太にとっては少々不満であったのかもしれない。
私は、内緒でぎりぎりのところまで連れて行ってやったがそれだけでも女の子たちとゴン太の交流は十分できたと思う。
その子たちは本当にいい子でわれわれがいない時には絶対にゴン太の近くまではよらなかったようである。
ゴンタに限ったことではないだろうが犬はどういうわけか、よく相手を識別できるようにおもえる。
その代り嫌な人には金輪際いやで通すところもあった。
今から考えればゴン太にとってはその子たちは自分が保護してやる対象だったかもしれない。

アイヌ犬(イメージ07)


追記:【ゴン太物語】8話〜9話
    【ゴン太物語】10話〜18話

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